公益信託VOICE Vol.1「こどもの未来に、信託という選択肢を。」(後編)

公益信託VOICE公益信託のリアルを伝えるインタビュー記事

社会をより良くしたいという想いを、確かな仕組みで未来へつなぐ新公益信託制度——。
「公益信託VOICE」では、制度に関わる受託者・委託者・信託管理人など、様々なステークホルダーへのインタビューを通じて、新公益信託のリアルをお届けします。

Vol.1「こどもの未来に、信託という選択肢を。」(後編)

認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえが語る、新公益信託制度の可能性

認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ(以下、むすびえ)は、こども食堂の支援を通じて、誰も取りこぼさない社会をつくることを目指して活動しています。全国各地のこども食堂や、その活動を地域で支えるネットワーク団体への支援に加え、企業・団体との協働、調査研究、広報啓発、運営サポート、政策提言など、その取り組みは多岐にわたります。
2026年4月に新たな公益信託制度が始まり、むすびえはNPO法人として初の受託者となりました。なぜ、従来の寄付や助成ではなく、公益信託という新たな「器」に挑んだのでしょうか。前編につづき、受託に至るまでの思いや道のり、制度に感じる可能性について、理事長の三島理恵さんと、公益信託の実務を担当する岸本英嗣さんに伺いました。

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NPOが受託者になるまで。申請のリアルと、後に続く団体へのヒント

新しい制度だからこそ、組織横断の体制をつくる

―ここからは、公益信託の申請・受託に向けた実務について伺います。岸本さんは、どのような経緯で担当することになったのでしょうか。

岸本: むすびえに正式に入職したのは2026年4月です。その前月頃から、公益信託に関わり始めました。
きっかけは、さらに少し前、むすびえがリスクマネジメントを担当できる人材を探していると聞いたことです。私は所属しているBLP-Network※でリスクマネジメントに携わり、法務の知識もありましたので、「ぜひ」とご縁をつないでいただきました。そこで三島理事長から、「公益信託にも挑戦したい」と聞いたのです。

※BLP-Network = 企業法務に携わる弁護士や専門家が集まり、社会的企業やNPO・NGOの社会課題解決を支援するネットワーク。

右:三島理恵理事長、左:岸本英嗣さん

右:三島理恵理事長、左:岸本英嗣さん

―岸本さんは、リスクマネジメントと公益信託の実務を兼務しています。内部の担当者だからこその良さはありましたか。

岸本: 入職したばかりで、組織体制をまだ十分に把握できていない面もありましたが、内部にいるからこそ、足りない部分が見えたこともありました。
一方、申請には既存の助成事業の体制を理解する必要があります。組織の中にいながらも、既存事業から少し距離を置いた立場で関われたことは、進めやすさにつながりました。公益信託は、組織の中に新たなガバナンスをつくる制度でもあります。その意味でも、この立ち位置が生きたと思います。
私自身、コミュニティ財団やファンドレイジングに携わった経験があり、山口県でこども食堂の伴走支援をしたこともありました。法務だけでなく、地域活動や資金調達の課題感をある程度理解していたことも役立ちました。

―組織内では、どのような体制で進めたのでしょうか。

三島: 部門横断のタスクフォースのようなチームを組みました。経営企画、リスク対応、総務、公益信託、財務の各チームからメンバーが関わり、情報共有や進行を担っています。
外部とのやり取りは基本的に岸本さんが担当し、規程や定款、想定されるリスクなどについては、関係部門が連携して検討しています。認可を受けた後も、信託契約の締結や定款変更など、必要な手続きが続いています。公益信託は、申請担当者だけで完結するものではなく、組織全体の運営やガバナンスにも関わる取り組みだと感じています。

約1か月で申請。その背景にあった経験と伴走

―申請書や信託契約書は、どのように作成したのですか。

岸本: 申請書と信託契約書は、悩ましい点を理事長などに相談しながら、ほぼ私が作成しました。3月末ごろに着手し、4月末ごろに申請したので、期間は1か月弱です。その間、内閣府の担当者の方とも1、2往復ほどやり取りしました。
モデル契約書があり、内閣府主催のワークショップにも参加していたため、契約や申請のイメージを持ちやすかったことは大きかったです。また、公益法人のバックオフィス業務や内閣府とのやり取りに慣れていたこと、公益法人informationなどの情報を活用できたことも、短期間で進められた理由だと思います。

三島: 岸本さんが法務の観点から説明できたことは、委託者にとっても安心材料になったと思います。委託者側にも財産管理の担当者が加わり、専門的なやり取りが必要になりました。制度の細かな点を、双方が最初からすべて理解しているわけではありません。その中で、専門性のある担当者が同席し、疑問に答えられたことで、手続きは比較的スムーズに進みました。

500万円から「まず器をつくる」意義

―申請を進める中で、内閣府からはどのような助言がありましたか。

三島: 500万円で信託を立ち上げ、助成事業を実施すれば、信託財産は少しずつ減っていきます。加えて、信託管理人への報酬なども必要になります。委託者の思いをできるだけ公益事務に生かすには、運営にかかる費用とのバランスを工夫しなければなりません。
そこで内閣府から助言をいただき、信託財産が一定額以上になった場合に報酬が発生する条件を設けました。その内容を信託管理人にも了承いただき、今回の体制が整いました。

岸本: 私自身も当初、「500万円では少ないのではないか」と感じていました。しかし、担当官から「むすびえさんなら寄附金を集める実績も十分と言えますよ。必要な資金は、その後、追加で集めていけばよいのではないか。まず器をつくることに意義がある。」と言っていただきました。とても参考になりましたし、率直にいえば、背中を押してもらえたと感じています。
公益信託は、最初から大きな財産がなければ始められないものではありません。何を実現したいのかを明確にし、まず器をつくり、賛同する人たちと育てていく。その考え方は、これから検討する方々にとっても、一つのヒントになるのではないでしょうか。

苦労したのは「規程類」。既存の経験をどう生かすか

―申請に不慣れな団体さんでも後に続くには、どのような支援があるとよいと感じますか。

岸本: 一番不安だったのは規程類です。公益信託に関する勉強会や研究会では、申請に必要な規程の名称は示されていましたが、当時は具体的なモデルがなく、「どのような内容で、どうつくればよいのだろう」と悩みました。
むすびえの場合は、これまで助成事業を行ってきたため、その運用や内部規程を生かせるという見通しがありました。新たにすべてをゼロからつくるのではなく、既存の事業経験や法人運営に必要な経理や権限等に係る既存規程を棚卸しし、公益信託の仕組みに合わせて整えていくことが重要だと思います。
同時に、法務、会計、ガバナンスなどを一つの団体だけですべて整理しようとすると、負担が大きくなります。内閣府の相談機会や、外部の専門家の力を借りながら進めることも大切だと感じました。自団体だけで完結させなくてよいことや、サポート体制があることを周知できるとよいと思います。

制度が成熟する前だからこそ、共に挑戦できる相手と

―新たな委託者や受託者には、どのような方々に参加してほしいと考えていますか。

三島: 新しい制度なので、現時点ではまだ経験の蓄積が十分ではなく、制度として成熟していない部分もあると思います。私たち自身も、さまざまな意見をいただき、相談しながら仕組みを更新していくことになると思います。
そうしたフェーズも含め、挑戦を理解し、応援してくださる方は誰だろうと考えたとき、起業家の方々も一つの大切な対象だと思いました。自ら事業や仕組みを立ち上げた経験のある方なら、社会の仕組みを更新していくという思いと、新しい制度に挑戦するマインドの両方に共感してくださるのではないかと考えたからです。
大切なのは、私たちが目指す社会の仕組みづくりへの共感と、チャレンジャーとしてこの仕組みに挑む姿勢への共感です。今後、公益信託への寄付を集め、器を育てていくプロセスでは、むすびえで遺贈寄付や大口寄付を担当し、寄付者との接点を持つチームとも連携していきます。

公益信託ありきではなく、「何を実現したいか」から始める

―最後に、公益信託の活用を検討している方へ、メッセージをお願いします。

三島: むすびえはこれまでも、こども食堂という地域の市民活動を通じて、多くの人が無理なく、安心して社会に参加できる環境を広げてきました。公益信託という器を生かすことで、子ども分野に限らず、市民一人ひとりが地域や社会に関わる裾野をさらに広げ、新たな資金循環を生み出すことができるのではないかと思います。
私たちがこれまで積み重ねてきた活動も、この器を通じて多くの方と育てていきたい。そして、委託者や寄付者の願いが受託者の活動につながり、その成果が地域に還元され、さらなる参加や支援を生む。そのような循環をつくっていきたいと考えています。

岸本: 最初から「公益信託で何をしよう」と考えると、難しく感じるかもしれません。まず向き合うべきなのは、自分たちが本来、何を実現したいのかという目的です。その上で、実現の方法や資金循環の仕組みとして公益信託が適しているかを考えることが大切だと思います。
制度や手続きについて分からないことがあれば、団体だけで抱え込む必要はありません。内閣府の相談窓口や、法務・会計などの専門家を頼りながら、やりたいことを形にしていただけたらと思います。
むすびえも、今回の経験や悩んだ点、工夫したことを積極的に共有しながら、公益信託という新しい選択肢が社会に根づいていく一助になれればと思っています。

右:三島理恵理事長、左:岸本英嗣さん

プロフィール

三島理恵(みしま・りえ)

認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ 理事長
寄付文化の醸成を目的として2009年に設立された日本ファンドレイジング協会(JFRA)創立メンバー。企業、NPO、行政、国際機関などが協働する寄付キャンペーン「寄付月間-Giving December-」の立ち上げ等に尽力。「困った時に助けてくれる人がいると思える社会の実現」に向けて活動をする中で、こども食堂との出会いがあり、むすびえの立ち上げに参画。むすびえでは、休眠預金事業のプログラムオフィサー、「イオンこども食堂応援団」の立ち上げ等複数のプロジェクトリーダーを担う。神奈川県福祉子どもみらい局戦略アドバイザー(2023年6月〜2024年3月)。認定ファンドレイザー。新公益連盟共同代表理事。広島県尾道市在住。

岸本英嗣(きしもと・ひでつぐ)

認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ
弁護士、認定ファンドレイザー、中小企業診断士。
ソーシャルセクターに貢献できる弁護士を目指し、認定ファンドレイザーと中小企業診断士を取得。法律のみならず、組織面や資金面など、ワンストップで非営利組織の課題解決に取り組む。
ソーシャルビジネス・コンサルタントグループ、BLP-Networkにも所属。